苅谷政生のK・CUBE(改善・改革・革新)で行こう!

(株)K・CUBEコンサルティング-代表者のon-offを綴ります

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告白‐『水曜どうでしょう』の大ファンです/

『水曜どうでしょう』が3年弱の沈黙を破って新たな旅に出たようです。

番組HPに4月9日付でその旨の報告がありました。

放送が楽しみです。(年末かな…?来年かな…?)



実は、

告白しますが、

僕は『水曜どうでしょう』の大ファンです。

大ファンとしては非常に興奮しています。

この興奮を記事にせずにはいられませんでした。



ファンからすると、これを知らない、というのは信じ難いのですが、

冷静に考えれば、いまだに「知る人ぞ知る」といった存在なんだとは思えます。

箇条書き的に少しだけ説明すれば、

1)テレビ朝日系列の北海道テレビが、1996年から6年間、レギュラー放送した深夜番組

2)北海道タレントとして全国区スターに成長した大泉洋が、世に出る契機となった番組

3)地方局制作にもかかわらず、その人気ぶりから、全国のテレビ朝日系列地方局などで次々と放送された、あるいは今現在もされている、“お化け”番組

・・・

興味ある方は<Wikipedia-水曜どうでしょう>でも参照ください。膨大な情報量ですので。

もっと興味ある方は地域のテレビ朝日系列局のHPで放送有無をお調べください。

ちなみに名古屋地区ではメーテレで土曜深夜26:50~放送中(投稿日現在)
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戸籍上の姓名の名を変更しました/

通称名と戸籍名のダブルスタンダードにお困りの諸氏へ


この度、姓名の名、つまり「下の名前」を以下のように変更しました。


変更前:苅谷政(それまでの本名)

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

変更後:苅谷政(それまでの通称で、今後の本名)


ともに読みは「マサオ」ですが(^^)v



このブログ、及びそれとリンクさせたHPでも、立ち上がり当初からそれぞれ

『経営コンサル苅谷政の改善提案ブログ』

『苅谷政オフィシャルサイト』

としているように、

「政」という通称をもう20年以上、不都合の無い限り使ってきています。



つまり、長年使ってきた「政」という通称を、いいかげん本名にした、ということです。

正確を期して言えば、

家庭裁判所に変更の申し立てを起こし、それが認められ、戸籍を変更したということです。


僕のように、長年使用してきた通称は、

・その使用実績の証明

・変更の合理的な理由

といった要件が整えば案外あっさりと認められますょ(^o^)丿


ご関心の方は、まずはお近くの家庭裁判所まで問い合わせてみましょう。

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半田の横顔~NHK名古屋制作『金とく』から/

さる27日(金)に東海(北陸もか?)地方で放送された、名古屋放送局制作の『金とく』(PM8:00~)が半田を紹介していました。録画をしてまで視てみました。

そこで取り上げていたアイテムは大方、これまでも似たような番組でさんざん紹介されてきたものでした。ですが、中には初めて視たものもあり、しかも恥ずかしながら、それまでまったく知らなかったものもありました。

紹介されたアイテムを列挙しますと、

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ゴールデンウィークの半田の祭り風景/

間の抜けたエントリーになりますが、2011年GWの半田の祭り風景を5枚ほど。

うち4枚は、『潮干祭り』で有名な亀崎の潮干祭り当日の早朝の様子。

【半田の祭りについて】
半田市には31台の山車がある。
3月中からGWにかけ毎週末のように、どこかの地区で山車祭りが行われている。
亀崎地区の『潮干祭り』は中でも奇祭として有名で、山車を海に曳き入れる。


HI3E0040_convert_20110521123006.jpg
半田を紹介する画によく使われる、『ミツカン酢と前を流れる運河』。
“鯉のぼり”は3月から5月くらいの期間、あげられてる。

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次代に残したい名作ドラマ~熱中時代~

1970年代終わりの水谷豊主演『熱中時代』(教師編)をご紹介。

『俺たちの旅』を紹介してそれっきりだった【子供の頃のTVドラマ】カテゴリー。
二本目として『熱中時代』(教師編)を取り上げます。

熱中時代

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次代に残したい名作ドラマ~俺たちの旅~

1975年10月から一年間放送された、日本テレビ系列ドラマ『俺たちの旅』(主演:中村雅俊)について語らせてもらいます。名作です!(^^)!


俺たちの旅


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キラキラしてた数々の名作アニメたち

今日は火曜日ですが、OFFモードで。

多くの人は幼い頃のTV番組というものを胸ときめかせて視たものだと思います。
我々はTVアニメの成長期に幼少期、少年期を過ごせた幸福な世代です。

幼少期、少年期を彩ったTVアニメについてつづっていきたいと思います。


今やジャパニーズアニメは世界に誇る日本の輸出財です。
そのルーツはもちろん『鉄腕アトム』!
昭和42年生まれの私は、『鉄腕アトム』をリアルタイムで視た先輩世代の半周りほど下になります。

保育園でのTV鑑賞で覚えているのは手塚作品ですが、アニメではない『マグマ大使』でした。
僕にとっての手塚アニメは『鉄腕アトム』ではなく『ジャングル大帝』です。
これももちろん再放送でしたが。

さて、そんな世代の僕の情操にはじめて響いたアニメ群は、
『魔法使いサリー』
『ひみつのアッコちゃん』
『ハクション大魔王』
『ムーミン』
『みなしごハッチ』
『ふしぎなメルモ』
『ゲゲゲの鬼太郎』
といった再放送アニメだったと思います。
3~5歳くらいの頃だと思います。

そして再放送ではなくリアルタイムで視たものが、
『赤胴鈴の助』
『ガッチャマン』
『樫の木モック』
『マジンガーZ』
『ハゼドン』
『デビルマン』
『ど根性ガエル』
『海のトリトン』
『荒野の少年イサム』
『ジャングル黒べえ』
『バビル2世』
『ドロロンえん魔くん』
『ロッキーチャック』
などではないかと。
5、6歳の頃だと思います。

僕より一周り下の世代までなら、
タイトルは聞いたことあるものも多いのではないでしょうか?


そして小学校に入る頃に再び再放送の一連のスポ根アニメにはまる時期がきます。
『巨人の星』
『アタックNo1』
『あしたのジョー』
『タイガーマスク』
『侍ジャイアンツ』
『エースを狙え』
などです。
これらは小学校6年間、きっと何回も何回も再放送を視ていたはずです。


また、
小1での『アルプスの少女ハイジ』、
小2での『フランダースの犬』、
小3での『母をたずねて三千里』と、
後にもまだ続いていった世界名作劇場は大きな存在感となって心に残っています。


また一方で、
『ゲッターロボ』
『ライディーン』
などのロボットヒーローもの、
『タイムボカンシリーズ』
『ダメおやじ』
などのギャグアニメもありました。


ざっと一気に概括しました。ここに挙げただけでも30以上あります。
一つ一つ取り上げたら切りがありませんが、
「これ!」というアニメについて、この先いくつか取り上げていきたいと思います。

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愛知県半田市港本町(2)

①で、僕の育った町は旧国道247号線沿いに緩やかに拡がった古い商店街であったことを書きました。

半田市港本町という名のとおり、海(半田港、あるいは半田運河)まで自転車で5分もかかりません。昨今、半田は観光資源として『蔵』と『山車』を前面に出し『蔵の町』としてブランディングしてきています(正直言って今一つパっとしませんが)。その象徴的な蔵は、半田運河沿いに立ち並ぶミツカン酢の蔵で、その辺りも自転車で5分圏内というところです。

つまり、
・旧国道247号線沿いにあって車の往来が多く騒がしい町
・港に近い水辺の町
という地理的な特徴がありました。これに加え、
・店舗兼住居型の昔ながらの商売屋が醸すザックバランさ
に覆われた人と人が近い町でした。


また、少し触れましたが、半田には31台の山車があり、3月中旬から5月の連休まであちこちで『山車祭り』が展開されます。通った小学校は一学年300人でしたが、その小学校区だけでも6つか7つくらいの“山車組”に分かれ、それぞれに重厚な山車があります。その小学校区の祭りは4月2週目の土日とだいたい決まっていて、新学年が始まって早々の祭りはゴールデンウィークに先立つ心躍るイベントでした。通常、土曜日は4時限の半日授業だったのですが、祭りの土曜は2時間授業で、10時過ぎにはもう帰ることができました。子供にとっては授業短縮自体がワクワクの非日常の演出でした。基本的には小学校区ごとに祭りは行われますが、5年に一度の割合で秋に31台が市役所近くに一斉に会する『秋祭り』も行われてきています。


①②を通して浮かび上がってきたキーワードは
旧国道、車の往来、商店街、港(運河)、蔵、山車祭り、ザックバランな商売人気質、・・・といったところです。
②はこんなところにしまして、また③へと続けていきます。

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愛知県半田市港本町(1)

愛知県半田市港本町。これが私の生まれ育った町です。「祖母のこと②」でも書きましたが、旧国道247号線沿いに緩やかに拡がった商店街です。緩やかに拡がった商店街とは、アーケードで覆われた道の両側が基本的にすべて商店、といった意図的集積による商店街と対極のイメージのものです。民家の間にポツリポツリと住居兼店舗が点在しているものです。うちは信号交差点の一角なのですが、残りの3つの角のうち1つは下駄屋、1つは画材屋、しかしもう1つは住居というように。

「隣組」というコミュニティ制度も脈々と生きていました。5~6軒で1つの「隣組」を組成していたと思います。弔事などがあると、その隣組の主婦連が助け合うような女衆を主体として仕組みだと理解しています。(違うかもしれませんが)。祖母が亡くなった時も、母が亡くなった時も、その隣組の女衆がいろいろと働いて下さいました。


うちは洋品店でそうだったのですが、日用品を扱っている店には近所の人がチョクチョク買い物にもやってくるわけで、自ずと小さい時から見知ってもらえます。そうして商売屋の子供は店頭にいることで近所の人に可愛がってもらえたものです。

もし僕が住宅街の中の家庭に育っていたら?などということはこうして初めてイメージしようとしてみますが、まったくイメージがわきません。少なくとも大いに違った個性になっていたのだろうとは想像できます。今はもう10年以上離れてしまっていますし、人と比べて何か特別な郷土愛なるものがあるわけではありません。ただ、やはり好きです。

このブログで、このカテゴリーで、生まれ育った町を掘り起こすことで新たな気づきも生まれるかもしれません。それはそれで楽しみなことです。

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祖母のこと②

祖母は1915年(大正4年)生まれの、たいへん頭のいい勝気の強い商売人でした。僕の生家は愛知県半田市の旧国道247号線沿いに緩やかに拡がった商店街の中にあり、うちも“店屋”でした。僕が生まれる前はメリヤス屋で『苅谷メリヤス』という屋号でした。メリヤスと言っても、僕もよく知りませんが、繊維種類の一類型だと理解しています。(間違っているかもしれませんが。)

僕が生まれた昭和42年当時はすでに『苅谷洋品店』になっていました。まぁ、衣料なら何でも扱ってるような、古い町にありがちな“服屋さん”です。ステテコとか売ってる。春先には新中学生に向けた学生服・セーラー服の販売でちょっと繁盛するような、そういう地域に溶け込んだお店でした。メリヤス屋も洋品店も祖父祖母夫妻で始めたもので、母が片手間にそれを手伝ってました。

店舗併設住居で、祖母、両親、長女、長男そして二男の僕と6人の賑やかでガチャガチャした家庭に育ちました。一階のメインの茶の間はもっぱら祖母の部屋でした。自営のトラック運転手だった父がいわゆる婿養子であったためかどうか分かりませんが、両親の居間や寝室は二階にありました。そんなこともあってか、僕ら三人兄弟の遊び部屋は一階の祖母の部屋である茶の間でした。必然、婆ちゃん子になったわけです。ただ、これには婆ちゃんの強烈なキャラクターが大いに関係していたのです。

祖母のこと②、としながら祖母そのものに触れる前に今日はこの当たりで締めることにします。近いうちに祖母のこと③として、いよいよ祖母と僕たち孫どもの日々に触れていきたいと思います。

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