苅谷政生のK・CUBE(改善・改革・革新)で行こう!

(株)K・CUBEコンサルティング-代表者のon-offを綴ります

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独走する日本/日下公人

独走する日本―精神から見た現在と未来独走する日本―精神から見た現在と未来
(2007/10)
日下 公人

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【ひと言紹介】
昨今、国際社会での国家間競争を語る時、大抵は日本人として凹んでしまうようなものばかり。日本に、自分たちに、自信を感じたい時には最適の一冊。カラでも元気を出したい時は日下氏の著作はいい。

【抜粋】
・デカルト以来“考えがないのは犬畜生と同じ”という欧米では、“私は無宗教だ”ということも同様の扱いを受ける。欧米人には迂闊にそう言わない方がいい。むしろ、いろいろ混ざった“日本教”だと言ってやればいい。
・41年9月の御前会議、戦争突入に傾斜していく政府に対し昭和天皇は、明治天皇の(戦乱を嘆く)御製を詠んで戦争回避を示唆した。これを理解した東条はそれまでの主戦論を翻し興奮して「大御心は平和であるぞ」と参謀本部内をふれ回わり戦争回避へ動く。しかし国論を覆すまでには至らず開戦へ。
・ヤマトとは山人との説も。日本人は森(山)の民だと。山の民には天(空)への意識は薄く、山と川という対比になる。合言葉は“ヤマ-カワ”や“水に流す”価値観などに反映。一方砂漠の民や中国人は天と地の対比の中に人間を置く。
・マンガ、アニメなど日本のサブカルチャーがクールジャパンと世界の若者に認められ、カワイイが世界語にも。こうした動きを見てマンガ好きの当時外相の麻生元首相は「海外広報戦略にマンガを使え、アニメを使え。分かる人間を集めろ」と外務大臣時代はいい仕事をしていた。
・世界一の債権国だ、と安穏としていてはダメ!多くの債務国はどうやって踏み倒そうかと考えている。

【所感・解釈】
評論家のきまり相場は悲観的、批判的。しかし著者はいつも楽天的に、明るく世の中とものごとを観て、僕らに元気を与えてくれる。意識的にそうしているのだろうとは思うが、超楽観的とも言われかねない大胆なもの言いは、悲観的なことを言っておけばそれらしく映るだろうという評論家根性へのアンチテーゼなのかとも感じる。
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5/30(日)の龍馬伝

龍馬が将来の妻「お龍」に出会いました。“龍馬と女性”は龍馬を描く時の一つの定番的視点です。

・(今風に言えば)ヘタレだった幼年の龍馬を叱咤し続けた姉「乙女」
・幼馴染の初恋のひと「平井かお」
・千葉道場(桶町千葉)の主、千葉定吉の娘「千葉さなこ」
・池田屋の女将「お登勢」
・公家‐三条実美に仕える「お田鶴」

姉、乙女はともかく龍馬はよくもてた男として描かれます。司馬遼太郎は龍馬を「人たらし」とみています。『竜馬がゆく』ではその「人たらし」っぷりを生き生きと描いています。日本人、特に日本男子の坂本龍馬好きは、「司馬遼太郎の描いた竜馬好き」ということだと思います。坂本龍馬が愛される中心的要素は、偉大な功績への憧れと、維新完遂を見届けぬまま若くして非業の死を遂げた悲劇性なのでしょう。偉大な功績を実現せしめたのはその「人たらし」に大いに拠っていることでしょう。僕も含めた日本男子は「人たらし」足り得たいという切望を根っこに持っているのではないでしょうか。
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平成ジレンマ 戸塚ヨットスクールと若者漂流

今日のお昼、東海TV『平成ジレンマ』を注目して視ました。取り上げていたものは『戸塚ヨットスクール』。新聞のTV欄には、~戸塚ヨットスクールと若者の漂流 あの事件から30年~とありました。

戸塚ヨットスクールが全国的に有名になったのは、校長の戸塚宏氏はじめコーチが逮捕された1983年、僕が高校1年の時でした。僕は高校では珍しいヨット部に入部していました。ヨット部というだけで、口の悪い友達からは「戸塚だ、戸塚だ」といじられたりもしました。そんなこともあり注目して視たわけです。


事件から30年、今も社会に適応できない若者の社会復帰をかけ、戸塚ヨットスクールは脈々と運営されています。全国から月に100件の問い合せがあるといいいます。30年前は校内暴力吹き荒れるご時世で、受け容れ者の多くが非行少年・少女だったわけです。しかし昨今では“引きこもり”を典型とした社会不適応者を受け容れているようです。そして戸塚氏は70歳になって尚、海に出て行く若者を更正の前線で校長として見守っているようです。

30年前の一連の事件を擁護するつもりはありません。戸塚氏の、脳幹を鍛えれば何事にも負けない精神力が培えるという『脳幹論』もよく分かりません。がしかし、マスコミや世間の多くの批判に同調するつもりもありません。戸塚ヨットスクールは多くの社会不適応者を更正させ社会復帰させてきていることは事実です。番組中、氏は「こんな仕事は誰だってしたくないよ。悪くなった子供を治すことは難しい。それよりも悪い子を作りださないために教育現場で、根っこのところで仕事がしたいよ」と切々と語っていました。

戸塚宏、ヨットマンとしては偉大過ぎる人です。そのスキルと強さと純粋性は十分なカリスマであり、それゆえに氏の理論に心酔する周囲が大勢いて30年前の事件は起きたのかもしれません。

それはともかく戸塚氏の言っていた“根っこのところに手を打たないと”という視点はコンサルタントとしてたいへん共感できるフレーズでありました。“根っこ”は僕が好んで使う言葉の一つです。
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頭にちょっと風穴を/廣淵升彦

頭にちょっと風穴を―洗練された日本人になるために頭にちょっと風穴を―洗練された日本人になるために
(2008/01)
廣淵 升彦

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【ひと言紹介】
著者は国際ジャーナリスト。独特の観察眼で“目からウロコ”的なものの見方を提示してくれる。「“薫り高い教養”、そんなものを少しは身につけてみたいものだ」なんて気が時に起きたりする。そんな時にはトライしてみるといい本だ。

【抜粋】
・世界の美食文化について、独裁専制君主との因果を明快に説明する。古代中国がその典型。美食への貪欲な好奇心を持った絶対君主は“怪しいモノ”をまず死刑囚に食させ、次に家臣に食させ、それでOKなら自ら食すというプロセスによって世界の美食文化は開発されてきた。なるほど王国、立憲政治の国、英国には美食がない。反対に、絶対君主の存在したフランス、中国、トルコの料理が世界3大料理になっている。

・世界を立体的に大づかみに理解する上でキーとなる地理上の地点、地域というものがある。例えばトルコ-イスタンブール。ボスポラス海峡を挟んで“東洋と西洋が出会う街”。また海峡にはホルムズ、ジブラルタル、マラッカ、宗谷、台湾など地政学上の重要ポイントが多い。

・元はアンデス民謡で、サイモン&ガーファンクルがカバー、アレンジし著名となった『コンドルは飛んでいく』。彼らが書いた詞には「(みじめに這い回る)カタツムリよりは(コンドルでなくても自由に空を飛びまわる)スズメになりたい。(いつも頭を叩かれる)クギよりは金槌になりたい」という一節がある。カタツムリも釘も列強スペインに支配、陵辱されたインカ原住民を表現している。『コンドルは飛んでいく』は、虐げられたインカの人たちの自由への憧れと悲痛な願いを歌ったもの。あのメロディの醸す悲しみはその悲しみの表れ。

・大正から昭和にかけてフランス駐日大使だったポール・クローデルは日本人と日本文化を愛し、「決して滅んで欲しくないと私が願う唯一つの民族は日本人である。(中略)多くの日本人は貧しい。しかし心はノーブル(高潔)である。」と評した言葉は富に有名になった。

【所感・解釈】
バブル崩壊後、日本人は長らく自嘲モード、自虐モードであることは確かだろう。こうした風潮に対して、国民全体がもう少し自信と誇りを持っていったらいいのに、と国民の一人として感じてきた。フランス駐日大使、ポール・クローデルの日本観についての挿話はぐっとくる。
もちろんこうした話を借りて、日本人が特別に優れているなどとと考えることは危険だし偏狭な考えだ。他を下に見るようにすることで相対的に上に立つような心根からは自信と誇りなど生まれない。政治家でもジャーナリストでも評論家でも、何かと「欧米では・・・、北欧では・・・」という“出羽の守”が跋扈している。せめて「古来日本では・・・、江戸の日本では・・・」と言えないものか。
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愛知県半田市港本町(2)

①で、僕の育った町は旧国道247号線沿いに緩やかに拡がった古い商店街であったことを書きました。

半田市港本町という名のとおり、海(半田港、あるいは半田運河)まで自転車で5分もかかりません。昨今、半田は観光資源として『蔵』と『山車』を前面に出し『蔵の町』としてブランディングしてきています(正直言って今一つパっとしませんが)。その象徴的な蔵は、半田運河沿いに立ち並ぶミツカン酢の蔵で、その辺りも自転車で5分圏内というところです。

つまり、
・旧国道247号線沿いにあって車の往来が多く騒がしい町
・港に近い水辺の町
という地理的な特徴がありました。これに加え、
・店舗兼住居型の昔ながらの商売屋が醸すザックバランさ
に覆われた人と人が近い町でした。


また、少し触れましたが、半田には31台の山車があり、3月中旬から5月の連休まであちこちで『山車祭り』が展開されます。通った小学校は一学年300人でしたが、その小学校区だけでも6つか7つくらいの“山車組”に分かれ、それぞれに重厚な山車があります。その小学校区の祭りは4月2週目の土日とだいたい決まっていて、新学年が始まって早々の祭りはゴールデンウィークに先立つ心躍るイベントでした。通常、土曜日は4時限の半日授業だったのですが、祭りの土曜は2時間授業で、10時過ぎにはもう帰ることができました。子供にとっては授業短縮自体がワクワクの非日常の演出でした。基本的には小学校区ごとに祭りは行われますが、5年に一度の割合で秋に31台が市役所近くに一斉に会する『秋祭り』も行われてきています。


①②を通して浮かび上がってきたキーワードは
旧国道、車の往来、商店街、港(運河)、蔵、山車祭り、ザックバランな商売人気質、・・・といったところです。
②はこんなところにしまして、また③へと続けていきます。
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たった三行で会社は変わる/藤田東久夫

たった三行で会社は変わる―変化と行動の経営たった三行で会社は変わる―変化と行動の経営
(2007/01/13)
藤田 東久夫

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【ひと言紹介】
著者は東証一部上場中堅企業㈱サトーの創業社長の娘婿で二代目社長。本書は非創業社長またはサラリーマン社長へのメッセージ本と言える。

【抜粋】
・創業者や企業家とサラリーマン社長やサラリーマンとの違いは、
①前者‐会社を賭ける、後者‐自分を賭ける
②前者‐週末を怨む、後者‐月曜を怨む
③前者‐何度も繰り返し言わないといけないと考える、後者‐一度言えば済むと考える
④前者‐変化を起こす、後者‐変化を嫌う
⑤前者‐課題に対し自ら行動する、後者‐他人事と構える
⑥前者‐経営理念とは大切なものと心得る、後者‐どうでもいいことと考える
⑦前者‐会社は倒産するものだと心得る、後者‐まさかそんなことは考えてもみない
⑧前者‐失敗談を多く語る、後者‐成功談ばかり繰り返す
などなど。

【所感・解釈】
著者ははじめ、サラリーマン社長としての気分が抜けずにいたが、やがて立派な企業家に変わっていく。

三行とは“三行提報”という同社独自の制度で、正社員に課した日々の経営層への提案報告制度のこと。これが重要な“創発”ツールとして機能し同社を透明性の高い活性化された組織たらしめている。

“創発”とは経営学ではよく使われる用語だが、ワープロで変換されないので一般語とは言えない。
ボクなりの言葉で説明すると、
何かが生み出されるためには無からは生まれない。逆に何らかのタタキ台があると、複数の人がそこに関わって化学反応が起こり思わぬ価値あるものが生まれやすい。この概念が“創発”である。


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紹介書籍 #001~#020

※「タイトル/著者」に各記事へのリンクが貼ってあります。興味ある本があればクリックしてみてください。

#001 2010.04.30  不況もまた良し/津本陽

#002 2010.05.01  「なんでだろう」から仕事は始まる!/小倉昌男

#003 2010.05.04  経営を見る眼/伊丹敬之

#004 2010.05.08  リーダーシップ論/ジョン・P・コッター

#005 2010.05.15  ドラッカー名著集②③ 現代の経営(上・下)/P.F.ドラッカー

#006 2010.05.15  なぜ君は絶望と闘えたのか/門田隆将

#007 2010.05.18  中国は日本を併合する/平松茂雄

#008 2010.05.19  [実学・経営入門]人を生かす/稲盛和夫

#009 2010.05.20  情熱・熱意・執念の経営/永守重信

#010 2010.05.21  ビジネスプロフェッショナル/大久保幸夫

#011 2010.05.22  哲学/島田紳助・松本人志

#012 2010.05.22  なぜあのリーダーに人はついていくのか/中谷彰宏

#013 2010.05.22  よき経営者の姿/伊丹敬之

#014 2010.05.23  組織力の高め方/水島温夫

#015 2010.05.27  たった三行で会社は変わる/藤田東久夫

#016 2010.05.29  頭にちょっと風穴を/廣淵升彦

#017 2010.05.31  独走する日本/日下公人

#018 2010.06.05  成功者の絶対法則‐セレンディピティ/宮永博史

#019 2010.06.05  日本でいちばん大切にしたい会社/坂本光司

#020 2010.06.05  「3年目社員」が辞める会社 辞めない会社/森田英一
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顧客の成長

顧客企業の成長は何よりも嬉しいものです。コンサル冥利に尽きるというものです。

ところで顧客企業の成長とは何のことなのでしょうか?
売上増大?利益拡大?資産拡張?従業員増加?キャッシュフロー増加?いったい何をもって成長と考えるのでしょう?

私は顧客企業の成長と言う時、強さの概念を持ち込んでいます。大きさや量というのは産業構造にもよりますし、企業の年齢にもよりますし、景気にもよります。こうした土俵に関係なく成長を正しく求め、正しく評価するには強さの概念がよいのだろうと思います。

では企業の強さとは何で測ったらいいのでしょうか?結局はその競争市場で勝たなければいけないわけですから、競争市場の参加メンバーの顔ぶれの中での相対評価で強ければいいわけです。ではそれを何で評価しましょうか?理屈ではそれらしい指標をいくつも挙げることは可能です。例えば、売上高対研究開発費率とか、特許件数とか、ブランド認知度調査とか、開発リードタイムとか、・・・。しかしこんな指標は中小企業には浮世離れしたものです。では何の強さを伸ばすことを目標にし、また何を自己評価することで強くなったかどうかの認識をすればいいのでしょうか?

それは人の成長だと思います。人の成長があってこそ、産業構造や景気とは関係ないところで売上や利益の拡大も実現可能になるのではないでしょうか?マーケティング力をつけ、個人の営業力を高めていくことが売上拡大の王道だと言えます。

最後に誤解を生まないための言い方をしておきます。アスリートがよく言う台詞で「結果は後から付いてくる」というものがあります。狙う結果を出すためのアスリートの思考回路は例えば、「スタートダッシュを一番速くなるようにする」などの要因系としての強みの強化を徹底的に考え徹底的に鍛えるわけです。企業経営も同じです。会社の売上や利益といった結果指標は、人の仕事の結果です。人の仕事が強くなれば、その結果としての売上や利益は後から付いてくるのではないでしょうか?

自社の成長とはどういうことなのか、明確に描けていますか?
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経営の責務~カイゼンとの関わりから~

現場カイゼンや業務カイゼンのコンサル(経営KAIZEN考房ではこれを『流れづくりサポート』と言っている)では、従業員さんたちとコラボレーションすることになるります。

総じて言えることは、従業員さんたち(多くの場合、課長などのキーマン)もいろいろなことで悩んで困っています。それを感じていながら日常業務と、たびたび生じる突発問題への火消しに忙殺されているというのが平均的な姿です。

少し余裕があってカイゼンに時間とエネルギーを向けられる場合であっても、チームワークでなく一人で推進しなくてはならないことがほとんどで、結果として上手く進められないこともよく見受けられます。

前者の場合は、まず余裕を生み出すことが先決になります。業務の総点検をしてムダな業務を廃止する、部下に委譲する、などしていきます。
突発問題を惹き起こす定番的な根っこの問題を解決すること自体がカイゼンになりますが、発想を業務余裕を生むために、ということから取組みます。
こうして生まれてくる余裕の中でようやく本来のカイゼンに向かう気力が出てきます。

後者の場合は、個人の問題解決力をいかに高めていくかという課題意識と、最低限二人以上のチームワークで取組ませる配慮が、まず経営側に求められます。


ちなみにコンサルが関わることができると、この両方に対して手を打つことになります。つまりコンサルがOJT的にそのキーマンの力を引き上げることができます。
また、常に寄り添うという意味でのチームワークにはなりませんが、少なくとも孤独ではなくなります。現に多くの場合、そうした人たちから「助かる」という気持ちや視線を感じています。それがやり甲斐でもあるのですが。


「カイゼン!カイゼン!」と要求する前に、経営として環境と資源を提供できていますか?



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コミュニケーション品質を高める-抽象化

コミュニケーションとは本当に容易ならざるものです。日本語で言えば意思疎通ということで、これまたよく分からないものになってしまいます。要するに、一方又は双方の考えや気持ちを過不足無く伝え合って分かり合う作業ということでしょうか。話す、会話する、身振り手振りを交える、ビジュアルを使う、これらははそのための方法論です。

~とある業者さんとの電話における会話から~
会話の内容は、キャッチコピーに使う書体を変更して欲しく、その意思疎通の電話です。書体を指定して伝えました。ただし、私の希望はその書体そのものではなく、“そのような感じ”のものとういうことでした。この場合、“そのような感じ”のものを相手がどうように受け取るかでコミュニケーションの成否が決まります。そしてその責任のほとんどは伝えたい側、つまり私にあるはずです。

先方は、はじめ“そのような感じ”を『筆書きしたもの』と受け止めました。もちろん私も会話の中でそのキーワードを使っていたので無理もありません。話しながら、先方が『筆書きしたもの』にとらわれ始めていることを感じ、これはマズイと思いました。そこで私は、このように伝えました。「希望は必ずしも『筆書きしたもの』ということではありません。その言葉から感じさせたいイメージがあって、それは“骨太な感じ”です」と。すると先方から更にイメージを共有するために「“芯のある感じ”とか?」と確認してくれました。私は“我が意を得たり”で「そうそう」と。

これによって先方が私の意図や希望をつかみ取ってくれたことを確信できました。私の考えや気持ちを過不足無く伝え合って分かり合う作業(=コミュニケーション)の成功の瞬間でした。この後、結果的に私の満足ゆくものが提示されてくるかどうかはまた別の問題です。

ボンヤリしたイメージを伝える目的において、具体性はかえってマイナスになるということです。むしろそのボンヤリしたイメージを一般化した抽象性の方がその本質を伝えられるということです。

コミュニケーションにどれだけ神経を使い、どんな工夫と留意をしていますか?
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