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説明責任

今晩お風呂に入っている時、ふと「説明責任」という言葉が思い浮かびました。

僕の印象、記憶だけで言いますが、この言葉は今世紀になってからとみに叫ばれるようになったのではないでしょうか?例えば、90年代はバブル崩壊で、政官財各界が不始末に溢れてました。しかしそうしたニュースの度にこの言葉を聞いていたようには思い返されません。

この言葉はaccoutabilityの訳語として使われるようになりました。抽象概念を表す英語の和訳というのはどうしてこうもハズレが多いのでしょうか?無理に漢語だけで短く表現しようとするからハズすんだと思います。少々長くなってもいいので和語でニュアンスが伝わるように、国語辞典のように訳せばいいと思うのですが・・・。どう思われますでしょうか?

そうそう「説明責任 - accoutability」です。説明責任ですから“説明する責任”と受け取られても文句は言えません。納得できるかどうかは端から棚上げされてしまいます。しかしこれをマスコミが叫ぶ時、必ず“納得できるように説明せよ”ということです。本来、accoutabilityにもそうした納得性の概念は当然含まれているはずだと思います。ならばそれをどうして訳語に入れないのでしょうか?

投げかけで終わって気持ち悪いですが、今日はこれまでに。

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