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愛知県半田市港本町(1)

愛知県半田市港本町。これが私の生まれ育った町です。「祖母のこと②」でも書きましたが、旧国道247号線沿いに緩やかに拡がった商店街です。緩やかに拡がった商店街とは、アーケードで覆われた道の両側が基本的にすべて商店、といった意図的集積による商店街と対極のイメージのものです。民家の間にポツリポツリと住居兼店舗が点在しているものです。うちは信号交差点の一角なのですが、残りの3つの角のうち1つは下駄屋、1つは画材屋、しかしもう1つは住居というように。

「隣組」というコミュニティ制度も脈々と生きていました。5~6軒で1つの「隣組」を組成していたと思います。弔事などがあると、その隣組の主婦連が助け合うような女衆を主体として仕組みだと理解しています。(違うかもしれませんが)。祖母が亡くなった時も、母が亡くなった時も、その隣組の女衆がいろいろと働いて下さいました。


うちは洋品店でそうだったのですが、日用品を扱っている店には近所の人がチョクチョク買い物にもやってくるわけで、自ずと小さい時から見知ってもらえます。そうして商売屋の子供は店頭にいることで近所の人に可愛がってもらえたものです。

もし僕が住宅街の中の家庭に育っていたら?などということはこうして初めてイメージしようとしてみますが、まったくイメージがわきません。少なくとも大いに違った個性になっていたのだろうとは想像できます。今はもう10年以上離れてしまっていますし、人と比べて何か特別な郷土愛なるものがあるわけではありません。ただ、やはり好きです。

このブログで、このカテゴリーで、生まれ育った町を掘り起こすことで新たな気づきも生まれるかもしれません。それはそれで楽しみなことです。
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