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今日のNHK『みんなでニホンGO』~字源

今日は漢字の成り立ちがテーマでした。語源ではなく字源です。

「人」という字の成り立ちは、人が支え合っている象形文字だという理解はポピュラーである。我々の世代は初代「金八先生」の中で、定番的説教として思春期に自然な学習としてそう認識してきた。

「金八先生」は広範な社会的影響力を持っていたため、僕らの親世代も遅ればせながらそこで学習したかもしれない。その後のシリーズ展開の中でも脈々と続いていた定番説教だったのであれば、僕らの下の世代も「金八」によってそう理解してきたのかもしれない。ともあれ現代日本人に広くそう理解されてきていることは確かだろう。

ところがこれは字源で言うと間違いらしい。この間違った認識の一般化は、明治の知識人で教育者、新渡戸稲造の、間違いと知っていながらの“確信的な自説流布”によるものであるらしい。

新渡戸は「人」ばかりでなく、武士の「武」の字についても同様の“確信的な自説流布”をした形跡が観られる。「武」は、「戈」(ほこ)と「止」の合成字。「止」は足跡を意味する。すなわち「武」の字源は「戈」を持って歩く兵を表している。
しかし、新渡戸は、「「戈」(ほこ)を止めるのが侍(武士)」と説いた。つまり、武士とは、やたらと好戦的に人を斬る存在ではない、と説いたのである。


また字源と言えば、知の巨人、白川静にも触れていた。実は僕もこの人の名前とどういった人かを知ったのはここ一、二年のこと。その著名な著書を図書館の棚で手に取り、パラパラ見て「無理」とすぐに棚へ収め直してしまっていた。

字や語に限らず、源、ルーツを辿ることは何とも普遍的な面白さを持っているようだ。例えば僕個人は苅谷という苗字のルーツにとても関心がある。具体的に調べたことはないのであるが。

どんなルーツに興味がありますか?



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