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コミュニケーション品質を高める-抽象化

コミュニケーションとは本当に容易ならざるものです。日本語で言えば意思疎通ということで、これまたよく分からないものになってしまいます。要するに、一方又は双方の考えや気持ちを過不足無く伝え合って分かり合う作業ということでしょうか。話す、会話する、身振り手振りを交える、ビジュアルを使う、これらははそのための方法論です。

~とある業者さんとの電話における会話から~
会話の内容は、キャッチコピーに使う書体を変更して欲しく、その意思疎通の電話です。書体を指定して伝えました。ただし、私の希望はその書体そのものではなく、“そのような感じ”のものとういうことでした。この場合、“そのような感じ”のものを相手がどうように受け取るかでコミュニケーションの成否が決まります。そしてその責任のほとんどは伝えたい側、つまり私にあるはずです。

先方は、はじめ“そのような感じ”を『筆書きしたもの』と受け止めました。もちろん私も会話の中でそのキーワードを使っていたので無理もありません。話しながら、先方が『筆書きしたもの』にとらわれ始めていることを感じ、これはマズイと思いました。そこで私は、このように伝えました。「希望は必ずしも『筆書きしたもの』ということではありません。その言葉から感じさせたいイメージがあって、それは“骨太な感じ”です」と。すると先方から更にイメージを共有するために「“芯のある感じ”とか?」と確認してくれました。私は“我が意を得たり”で「そうそう」と。

これによって先方が私の意図や希望をつかみ取ってくれたことを確信できました。私の考えや気持ちを過不足無く伝え合って分かり合う作業(=コミュニケーション)の成功の瞬間でした。この後、結果的に私の満足ゆくものが提示されてくるかどうかはまた別の問題です。

ボンヤリしたイメージを伝える目的において、具体性はかえってマイナスになるということです。むしろそのボンヤリしたイメージを一般化した抽象性の方がその本質を伝えられるということです。

コミュニケーションにどれだけ神経を使い、どんな工夫と留意をしていますか?
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