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半田の横顔~NHK名古屋制作『金とく』から/

さる27日(金)に東海(北陸もか?)地方で放送された、名古屋放送局制作の『金とく』(PM8:00~)が半田を紹介していました。録画をしてまで視てみました。

そこで取り上げていたアイテムは大方、これまでも似たような番組でさんざん紹介されてきたものでした。ですが、中には初めて視たものもあり、しかも恥ずかしながら、それまでまったく知らなかったものもありました。

紹介されたアイテムを列挙しますと、


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◆早すし
江戸の町の庶民の間で大流行した江戸前寿司のレシピで再現させた当時仕様の握り寿司のこと。
特徴はなにしろデカく、一貫がおにぎりくらいの大きさ。あと、酢めしの酢は、ミツカンの「純酒粕酢 三ッ判 山吹」という赤みがかったものを使用している。


◆ミツカン『純酒粕酢 三ッ判 山吹』
上記のとおりであるが、そもそも、江戸時代に流行った江戸前寿司は、半田から江戸に送られたミツカンの酢によって成り立っていたとも。


◆JR武豊線半田駅の跨線橋
明治19年開通という屈指の古い路線。東海道線(同23年全線開通)の敷設に先立って開通している。今も半田駅で現役の跨線橋は当時のもので、跨線橋として日本で最古のもの。


◆天皇家や皇族とのゆかり
明治23年、大日本帝国の第一回陸海軍合同軍事演習が半田と半田の海で行われた。これに際し、明治天皇はじめ、軍の重鎮・幹部が武豊線に乗って、合同演習のためにやってこられた。

明治天皇はじめ大部隊となった重鎮・幹部の宿泊先や身の回りのお世話は、当時の何軒もの豪商が分担した。


◆皇族をもてなした小栗家邸宅(国登録有形文化財)
小栗家は、上記軍事演習にて、参謀総長、有栖川宮熾仁(ありすがわのみや・たるひと)親王の宿泊先となった。現14代当主は当邸宅に家族と住み、当時の日本家屋の佇まいを守っていっている。


◆半田赤レンガ建物/旧カブトビール工場
当建物の設計者は、横浜赤レンガ倉庫の設計者と同じ妻木頼黄によるもの。
『カブトビール』とは、今に残る4大メーカーに挑戦したビール醸造ベンチャー。

カブトビールの生みの親はミツカンの中埜又左衛門。明治20年、又左衛門は甥の盛田善平に命じ、国産ビール醸造に挑戦。31年からカブトビールの名称で販売開始。

ちなみに、盛田善平はシキシマパンの創立者。さらにちなみに、この盛田家とは、あの盛田昭夫の盛田にも通ずる血統。

関心ある方はこちら>>>赤煉瓦倶楽部半田
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