苅谷政生のK・CUBE(改善・改革・革新)で行こう!

(株)K・CUBEコンサルティング-代表者のon-offを綴ります

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転職の契機や背景を振り返る/

今日は自身の転職の契機や拝啓を振り返ります。

転職について書くのはほぼ一年ぶりです(^^ゞ


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約一年前、転職ネタの一回目で書いたとおり、ボクは今の仕事が4つ目になる。
つまり三回目の転職を経ての現在である。
一年前のエントリーにも触れてあるが、今一度、下に整理してみる。

一回目:自動車部品メーカー勤務 → 外資系生命保険会社勤務
二回目:外資系生命保険会社 → 兄経営のISOコンサルティング会社勤務
三回目:兄経営のISOコンサルティング会社 → 経営コンサルタント業開業


三回目の転職を経て、『経営KAIZEN考房』を立ち上げ6年目になる。
しかし、企業コンサルティングという職業には、二回目の転職ですでに出会っていたことになる。

二回目の転職によって
「かりやまさおがぁ~企業コンサルティングとぉ、・・・出会った~」
と、『世界ウルルン滞在記』的なインスピレーションが自分の中にあった。

つまり、
男子一生の仕事としての企業コンサルティングという仕事に、ボクは社会人13年目にして漸く出会えたのであった。
我ながら、ずいぶんと道草したものだとも思う。

とは言え、この時点ではあくまで“雇われの身”としての職業であった。


三回目の転職(現在の仕事に至る転職)の本質は、「独立」、にあった。そして、そのきっかけは、前回エントリーでも書いたが、不慮の出来事によるものであった。

それは兄の死であった。


会社と言っても、従業員は兄とボクの二人だけ。
だからボクがそのまま会社を引き継ぐことも考えられた。
しかし、当時のボクのコンサルティングスキルでは、それは難しかった。

一部のクライアントの好意の下、中途であったプロジェクトを節目まで続けることはさせてもらい、会社を整理した。それが2005年であった。


そして2006年、三回目の転職となる経営コンサルタント業の開業である。
コンサルティング会社や、別の類の会社へ就職するではなく、独立だ。
独立に迷いはなかった。

独立とは一般には勇気の要ること、というイメージがあるようだ。
現に何度もよくそう言われた。
しかし、特にこれという技があったわけではない。
また特別な資格があったわけでもない。

あったとすれば、「中小企業の現場では、経営コンサルタントとして自分なんかでも役立てそうだという感触」、そして、「面白さとか遣り甲斐」、といったものだ。

そうしたボンヤリしたものを拠り所に独立の道を選んだ。
かと言って、勇気を振り絞って独立した、という感覚は微塵もなかった。


このように特に何もない状態からの開業。
しかも経営コンサルタントだ。
そうそう仕事の依頼をゲットできるものでもない。


ここからまた、しばらくの辛抱の時間が始まっていったのだ。


そこから先のことは、またの機会に書くとしよう。



「専門家iタウン」士業
「専門家iタウン」専門家
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