苅谷政生のK・CUBE(改善・改革・革新)で行こう!

(株)K・CUBEコンサルティング-代表者のon-offを綴ります

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

| スポンサー広告 | TOP↑

≫ EDIT

「ゆとり第一世代」と世代論

今朝の日経『働く面』に、今春大学を卒業して社会に出た
「ゆとり第一世代」についての特集記事があった。

企業側がそのことを認識し、それに合わせた研修内容の変更など対応を図っている姿が見受けられるとも。
また「長くその企業で働きたい」と考えている新入社員像も浮かび上がるとも。


ちなみに「ゆとり第一世代」とは1987年生まれを指すらしい。
何でも2002年の学習指導要領が実施された年に、中学3年だった学年であるらしい。


企業にとって、世代による価値観や考え方の違いの存在とそれによって生じる世代ギャップは永遠のテーマである。


しかしである。
今春社会人になった世代を「ゆとり教育」に浴した「甘ちゃん」世代のように括って観ることも、
ましてそのようにそっと扱おうとする企業の姿にも違和感がある。

彼らは、なんと言っても超就職氷河期の厳しい就職戦線で勝利した、
勝ち組、生き残り組、なのだ。
「甘ちゃん」なんかでは決してない。



それこそ私は新人類と呼ばれた一群の世代に属し、
また同時に「バブル世代」と呼ばれた年代の中核でもある。

学習指導要領という意味なら「詰め込み教育」の真っ只中であり、教科書はかなり厚かった時代を生きていた。

ならば我々は「甘ちゃん」ではなかったのか?

否だ。一周り上の先輩、二周り上の団塊世代に比べれば、総じて「甘ちゃん」だった。

加えて「バブル世代」の分、前後10年間の世代で比べてみても「甘ちゃん」だったと思っている。



確かに大きな流れの中で見れば、これから10年程度続く「ゆとり世代」は、

学力において一周り上、二周り上と比べれば劣るのかもしれない。

しかし義務教育における学習指導要領の濃度のようなもので、

世代の気質を観るのは間違っているように思うのである。



世代の気質の違いや変化は、社会の大きな雰囲気や気分というものに左右されるように思うのである。

もう少し続けて考察しますが、今日はここまで。続きはまた近く。

にほんブログ村 経営ブログへ
関連記事

| 日々の思考 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT















非公開コメント

TRACKBACK URL

http://kariyamasao.blog130.fc2.com/tb.php/86-b3e12065

TRACKBACK

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。