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「ゆとり第一世代」と世代論(後編)

一昨日に続き(後編)として。

その世代の大きな気質や考え方に影響し、規定するものは、
学習指導要領の濃度などではない。
その時代の世の中を覆う大きな雰囲気や気分である。

というところで一昨日は終えていた。


ただし、これは国内での話しである。
中国、インドなど発展著しい国々の同世代と、現代日本の学生を比べたら、
上昇志向、向上心、競争心といった意味合いで、
大きく引き離されていることは確かであろう。

国際間の話しを持ち込むと混乱する。
ここでは日本社会の中での日本人の変化という意味合いで考えていっている。


さて、世の中を覆う大きな雰囲気とは、ひと言では「閉塞感」だろう。
それはバブル崩壊以降の20年以上、ずっと日本を覆っている。
この閉塞感に影響を受けた世代は、何も1987年生まれの
「ゆとり第一世代」まで待たなくてもいい。

バブル崩壊を仮に1991年とする。
この時点での高校一年生は74~75年生まれとなる。
家庭で親が不景気な話しをし始めたとして、高校一年生ならば
その雰囲気を感じ取ることに苦労のない歳だろう。

彼らは高校、大学と90年代のヒドイ閉塞感の中で過ごした。
将来に夢や希望を持つなどという雰囲気になかったことは確かだ。

それ以降の世代はもっと若い時からその雰囲気を感じざるを得なかった。
当然、もっと悲観的になっても不思議もない。


このように見てくると、
将来に対し疑いなく上昇志向、成長志向でいられた世代は、
70年生まれくらいまでのバブル世代が最後だったのかもしれないのだ。

つまり1987年生まれの「ゆとり第一世代」よりも一周り上の世代、
1975年辺りが一大変化のポイントであったとみることができるだろう。


そうだとすれば、
その辺りの世代からの価値観、人生観、将来観、自己実現観といったものが、それまで世代のそれらと大きく異なってきている、
そう見ないと世代ギャップを埋めることに苦労するはずである。


もちろんブログで書く程度の浅はかな分析であり、仮説も仮説である。
1975年、団塊ジュニアと呼ばれる世代あたりを堺にして、
価値観、人生観、職業観等が大きく異なっている可能性が強いと考えられる。

いかがでしょうか?
自社を眺め、その辺りにポイントを置いて、
前後を集団として比較してみては?

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