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スペインの決勝進出に徹した戦いぶりへの批判記事を考える

「恥も外聞もなく 勝ちに徹したスペイン」

こんな見出しが気になって記事を読んでみた。↓
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100626-00000514-san-socc

ありがちな批判ではある。特別にユニークなものではない。
サッカーにはよく美しさ、エレガントさが求められることも事実。

例えば、名古屋人だけでなく日本人全般に親しまれているピクシーこと
名古屋のストイコビッチ監督。
彼などはサッカーは美しくなければならない、くらいの考えであろう。
と言いながらも、現実に毎試合毎試合そんな試合もできるわけはなく、
案外勝てばいつも選手を称えるコメントを残している。

選手や監督が自戒や自嘲で「美しくなかった」というならともかく、
また百歩譲ってサポーターならばともかく、
ジャーナリズムがそう批判することは何のためなのか?
さらに百歩譲って、「美しくないと、ファンが離れる」という忠告ならば
理解もする。

しかし、勝ちに徹することは批判にあたらない。
まして、恥じも外聞もなく、などと悪意をもって批判されるべきではない。


ことは4年に一度のワールドカップである。
国とチームと自身と、あらゆるものを背負い、一つでも先を目指して
戦っている。

4年に一度のオリンピックで、何かの競技で、どこかの国で、
代表チームが勝ちに徹した戦いをしたと批判されることがあろうか?

試合時間に制約のある競技はすべて時間を視野に入れて戦っている。
パスを回して時間を潰すことはバスケでもやる。ラグビーもしかり。

また個人競技では駆け引きが基本である。
柔道にしろ、レスリングにしろ、個人競技はすべて勝ちに徹している。
優勢な方は基本的に時間消費に一生懸命である。
マラソンなどはタイムより勝負というのが常識。
なかなか集団から飛び出さず40キロ近くなってようやく勝負する
なんてことは珍しくない。
ある意味、勝負時機を先延ばしし、時間を消費、消化しているともみる
ことができる。

野球はどうか?
バンドは?敬遠は?スクイズは?隠し玉は?小刻みな継投は?
勝ちに徹し尽くしている。


もちろん、個人的にも、より攻撃的な、“打ち合い”の試合はみたい。
だからと言って、この批判はありえないと思う。

あなたならどう思われますか?
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